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妥協しない完璧主義バンド クイーンの内側に隠された真実

Queen79完璧主義ゆえにレコーディングやツアーで言い争いが絶えなかったと言われているクイーン。彼らの場合デビューしてから10年くらいはそれぞれのメンバー同士の共作というのがほとんどなく、『オペラ座の夜』を例にとると、フレディー・マーキュリーが5曲、ブライアン・メイが4曲、ロジャー・テイラーとジョン・ディーコンが1曲ずつというふうに、アルバム収録曲の比率はかっちりと決められていたのでしょう。「ボヘミアン・ラプソディ」のB面に収録された「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」を書いたロジャー・テイラーにがっぽり印税が入ったというエピソードにもあるように、問題なのはシングルのB面を決める時だったそうです。そりゃー、ボヘミアンとほぼ同じ印税が入るわけですから、”A面はフレディの曲でしょうがないとして、B面にはオレの曲入れてくれよなー”なんて考えも罪ではありません。そんな事実を知っていると、クイーンのシングルは『オペラ座の夜』からは、前述の「ボヘミアン〜」の次のシングルはジョン・ディーコンの「マイ・ベスト・フレンド」がA面でブライアンの「39」がB面と、きっちり4人の曲が並び、『世界に捧ぐ』の時もフレディの「ウィ・アー・ザ・チャンピオンズ」にB面がブライアンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」(これは両A面扱いだったかもしれません)、次のシングルがジョンの「スプレッド・ユア・ウィングス」にロジャーの「シアー・ハート・アタック」と、笑っちゃうようなセレクションです。

そんな長年のもめ事の解決策として、80年代はシングルのB面曲の印税は誰が作者であろうと関係なく全て均等に分割することにし、86年『カインド・オブ・マジック』では機械的に各メンバー2曲ずつ収録された。89年の『ミラクル』では遂に全曲が4人の共作という形に落ち着き、解散寸前まで追い込まれていた危機を乗り越えたといいます。ブライアンは「共作の形を取るようになってから他のメンバーが書いた曲にもベストを尽くすようになり、しかも自分の曲がシングルに向いていないことを素直に認められるようになった」そして「もっと早くそうすべきだったと」とインタビューに答えてます。初期の頃からそうしていたらクイーンの曲はもっと違う形になっていたかと思うと、かなり興味深いですね。
このあたりの詳しいことはROCKIN' ON 91年5月号掲載のブライアン・メイのインタビューを見るともっと良くわかります。

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Queen ブライアン・メイの職人芸

「07_brighton_rock___son_and_daughter_1.mp3」をダウンロード

今年の来日公演でもお得意のエコー・マシンを使ったひとり三重奏ソロを聴かせてくれましたが、これは初期の頃から駆使している言わばブライアン・メイの特許のようなものですね。複雑にリフとメロディを重ねていく技はワンパターンながら職人芸だなーと感心します。

この手法は「オペラ座の夜」に入っている「The Prophet's Song」の後半でのフレディのヴォーカル・パートでも使われています。10代の頃は退屈な曲だなー、と感じていましたが、最近はこのヴォーカル・パートを聴くのがけっこう気持ち良くなってきました。特に数年前にサラウンド・システムにしてから「Greatest Hits」のDVDや「オペラ座の夜」のDVDオーディオで5.1chサウンドを聴いているとギターやコーラスが四方から聞こえてきて、ステレオとは全く違った楽しみ方ができます。

brian_bio有名な非公式音源ですがBBCで放映された75年ののクリスマスに行われたライヴから。「Return of the Champion」のギターソロに通じるものがあります。この時代はロジャーのドラミングも最高ですね。そうそうブライアン・メイの一番の職人芸は親父さんと一緒に作ったというハンドメイドのギター”レッド・スペシャル”かもしれませんね!

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